自身の障害を受け入れるという事

仕事

unsplash-logo Patrick Hendry

何かが違った子供の頃、しんどかった社会人時代、精神科に通って発達障害と診断された事、その後オープン就労で就職しようと決めました。

子供の頃

子供の頃から何か周りと違うと思い上手く馴染む事が出来ず、上手く溶け込めないといった周囲との違和感を感じていました。自分自身は周りと同じ様に物事を行っているつもりなのですが、何が違うのかよく解らないという感じでした。今思うと、他の子供は徐々に要領を身に付けていき同じ物事をするにしても、注意されるであろう事はしない、怒られる前に止める事が出来たのですが、自分にはそれが解らずその子達と同じ事をしていても、自分一人だけが怒られている様な感じでした。興味の対象も周りの子供達とずれていて、一緒に遊んでも周りに馴染めず、すぐに喧嘩になっていました。結果、一人で出来る事に集中していた事が多かったです。教師や親からの言いつけや指示は、正しく理解出来ない、直ぐに忘れる、と言った事が多く、意に即して実行することができませんでした。また、集団行動が苦手だったので、運動会や学芸会といった学校行事が大嫌いで、作文などの自己表現は教師が喜びそうな内容を取り繕うのに苦労したのを覚えています。ですが、幼稚園の頃の知能指数の結果は、良かったらしく勉強も人並みに出来ていたので学生時代はそれほど問題視されませんでした。

社会人になってから

高校を卒業してから、特にやりたい事も無く、飲食業を紹介されて特に断る理由も無かったので就職しました。仕事となると責任というものが発生するので学生時代のようにはいきません。学生時代の成績なんて少なくとも私にとっては全く関係ありませんでした。

自身の社会性の無さと言うのを、より顕著に指摘される様になりました。仕事が指示通りに出来ない、再三注意を受けても一般的に当たり前とされている事が出来ない、周りの状況を判断した上で臨機応変な対応が出来ない、同時に二つ以上の作業が並行して出来ない、優先してやるべき仕事よりも目の前の仕事が気になってしまう等の理由から人間関係に支障をきたし、離職を繰り返してきました。今思うと学生の頃は小学生時代の通知表の左側[テストの点数、五段階評価等]が評価されますが、社会に出ると右側[協調性、指示理解、感受性等]の方がはるかに大事だと思います

発達障害と診断

20代の頃は多少仕事が出来なくても大目に見てもらえましたが、30代になるとそうゆうわけにはいきませんでした。業務の支障に耐えかねた当時の上司の勧めで精神科を受診した処、発達障害と診断されました。障害が比較的軽度だったので、しばらくの間はクローズ就労で働いてましたが、飲食業というのは発達障害には特に不向きらしく、障害が原因で同じ失敗を何度も繰り返していました。苦手を克服しようと、あの手この手を試みましたが結果は変わりませんでした。
  
もし、このままクローズで働き続けても、今までと同じように障害が原因で離職を繰り返すと思い、自分の残りの人生のことを考えて、自身の障害を受け入れオープン就労で職を探そうと決めました。障害は病気と違って、一生直ることは無いです。その上で、自分自身の苦手な事を頑張って克服しようとせず、出来ない事は出来ないと認めようと思いました。それは諦めるということではなく、自分の出来る部分で頑張るという事です。自分の苦手な事はその事が得意な人に任せて、自分は得意な事に専念すればいい。社会と言うのはお互いの得意分野を持ち寄って成り立っているものだと私は思います。そう信じてこれからの日々を生きていきたいと思います。

障害求人初心者

障害求人初心者

今まで健常者としてクローズ就労で仕事をしてきましたが障害が原因で離職を繰り返す。今後の事を考えてオープン就労での職の定着を目指そうと求職中。今までの自分の人生での教訓、感想などを自身のエピソードを元に書いています。皆様のお役に立てれば幸いです。

関連記事

人気記事

施設検索履歴を開く

最近見た施設

閲覧履歴がありません。

TOP