コントロールフォーカスとは何か?〜自閉症スペクトラム障害がある私の経験を通して

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出典:https://www.photo-ac.com

自閉症スペクトラム障害がある私は、「先の見通しの立つこと」に取り組むのは得意ですが、「成功する見込みのないこと」にはなかなか取り組もうとしないところがあります。過去の経験の中で最も辛かったのは、精神病院に措置入院させられたことですが、この経験から私が学んだことは、自分次第で未来はある程度コントロールできるということです。私が通っている就労移行支援事業所の訓練の中にもコントロールフォーカスというものがあります。

はじめに

私が精神病院に措置入院させられた後、大学に合格できたという経験から学んだこととして、最も大きかったことは、「過去よりも未来に目を向けて注力することの大切さ」です。以下に、私がこのことを学ぶに至った経緯をご紹介したいと思います。

うつ病のどん底

私は高校を中退した後、現在の主治医である精神科医の診察を受け始め、「抑うつ状態」と診断されました。とにかく、いじめの被害の激しいフラッシュバックが四六時中起こり、大学受験と将来に対する不安を強く感じすぎていたために、「こんなことでは、大学になど入れるわけがない!自分は到底、大学を受験するレベルには達していない!」と判断し、現役の年と一浪目の年にはどこの大学も受験しませんでした。

そして、二浪目の年に、予備校の授業で扱った古文を1行も読めなかったことが直接的なきっかけとなり、「自分は高校も中退したし、今の学力ではどこの大学にも入れない!自分の将来には何の望みもない!」と強く感じ、当時住んでいた西宮市のある病院の11階のベランダから飛び降り自殺をしようとして、そこの入院患者の見舞いに来ていたおばさんに止められ、精神病院に措置入院させられました。その西宮の病院は、一浪目の年に、主治医の先生に処方された薬を大量服薬して自殺しようとして、救急で担ぎ込まれたことから知りました。

精神病院で私が受けた仕打ち

精神病院では、「死んでいた方がマシだった!」と本心から思えるひどい仕打ちを医者から受けました。閉鎖病棟は8日間で出られ、解放病棟に移してもらえました。しかし、解放病棟に移されるとすぐに、医者から「受験勉強をしろ!」と責められ続けるようになりました。「そんなことでは無駄な時間を過ごすだけだから、受験はやめて就職しなさい!」とまで言われたこともありました。「薬の効き目が強すぎてしんどいので、受験勉強はできません」と医者に伝えると、「あの薬でそんなにしんどくなることはあり得ない。それは受験勉強から逃げているだけだ!」と言われ、こちらの言うことなど聞く耳を持たないという態度を取られ続けました。「受験勉強に苦痛を感じて飛び降り自殺をしようとしたのに、精神病院で受験勉強をしろなんて無茶苦茶だ!」と強く思いましたし、医者にも言ったと思うのですが、全く通じませんでした。

また、閉鎖病棟、解放病棟を問わず、盗難の被害にも遭い続けました。毎週日曜日に父親が面会に来てくれて、ペットボトルのお茶や果物などの食べ物を差し入れてくれたのですが、すぐに他の入院患者に盗まれました。このことを看護師に伝えても、全く相手にしてもらえませんし、医者に伝えても、「他人の物を勝手に持って行ってはいけないということが分かっていない人もいるやろ」と言われるだけで、何もしてもらえませんでした。

退院する日に、両親が立ち会っているにも関わらず、医者に「準備ができていなくてもちゃんと受験しような!模擬試験もちゃんと受けような!みんな1月のセンター試験を目指して勉強してるねんからな。試験があると分かっているのに受けないのは敵前逃亡や!」と言われたことは今でも忘れられません。その時の私は「受験勉強を順調に進められるのなら、精神病院に措置入院なんてさせられるわけないだろ!」と憤(いきどお)っていましたが、まともな話の通じる医者ではなかったので、「勝手に言わせておこう」と思っていました。

措置入院は、「入院させないと自傷他害の恐れのある者」が自傷他害を犯す危険がなくなるまで強制的に入院させる行政上の制度なのですが、精神病院の医者の「受験生なんだから入院中でも受験勉強をしろ」という命令は自傷他害の治療でも何でもありません。しかし、「精神病院の医者がそこまで言うんなら、大学を受けさせても大丈夫だろう!試しに受けさせてみるか!」と真に受けた父親が「受けえ、受けえ、受けられるだけ受けえ!」と言い出し、二浪目の年に8つも受験させられました。2日連続で受験した日もあったほど超過密スケジュールで受験させられ、全滅しました。措置入院させられるぐらいですから、当然の結果です。私は「こんな状態であんなに無茶苦茶受けさせるのはひどすぎる!」と父親を精いっぱい責めました。それに対し、父親は「一つ前向きなことができて良かったじゃないか!」と言っていました。

父親の気持ち

三浪目の年には、必死で受験勉強をしました。結局、受かった大学は一校だけでしたが、あのまま「受かる見込みがないから」と受験せずにいたら、大学には入れていなかったでしょう。精神病院の医者の言うことが正しかったという気持ちは毛頭ありませんが、「息子が自殺するぐらいなら、少々恥をかかせてでも受験させよう!」という父親の気持ちは、今では少し分かるような気がします。

未来は自分次第でコントロールできるもの

自閉症スペクトラム障害がある私は、「先の見通しが立つこと」に取り組むのは得意ですが、「成功する見込みのないこと」にはなかなか取り組もうとしないところがあります。

大学院の博士課程では、博士論文を提出する条件として、最低でも一本は大学外の学会誌に論文を投稿して掲載されなければならないというものがあります。これがなかなか採択されないものなので、何回も不採択が続き、不採択が続くうちに、「どうせ採択されないから頑張るだけ無駄だ」とやる気をなくしてしまいました。しかし、そこから一念発起し、完成させるのに2年掛かりましたが、一本だけ投稿論文が採択されました。その論文が掲載された学会誌は国立国会図書館にも所蔵されています。

未来のことが分かる人間など一人もいません。私の場合、その不確定性ゆえに不安になり、失敗を恐れるのですが、そこで「やらない」という選択をしていたのでは、何も得られません。「生きていくこと」は「未来に立ち向かうこと」であり、これは発達障害がない人にとっても同じです。

私の通っている就労移行支援事業所の訓練の中に、コントロールフォーカスというものがあります。これは、「過去・結果・他人・ルール」といったコントロールできないものよりも「未来・自分・自分の価値観」といったある程度コントロールできるものに目を向けて注力していくことを目指す思考のトレーニングです。そうです、自分次第で未来はかなりの程度までコントロールできるのです!私が過去の経験から学んだことは、このコントロールフォーカスの重要性なのです。

サンライズ

サンライズ

40代の男性。2年生で高校を中退。その年にメンタルクリニックを受診し、抑うつ状態と診断される。うつ病と闘い、自身の発達障害を疑いながら博士課程に進学するも、博士号は取れずじまいで単位取得満期退学。これを機に、それまで主治医の方針で「疑い」のまま保留になっていた自閉症スペクトラム障害の診断を受ける。現在は一人暮らし。趣味は読書、音楽(邦楽)観賞、YouTube、クイズ番組を観ること。

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