うつ病のわたしと、高齢の母との生活
暮らし
出典:Photo by Vitaly Gariev on Unsplash
わたしは、80歳を超える高齢の母とふたり暮らしです。わたし自身はパニック障害や双極性障害があり、母は慢性的なリウマチや筋痛症に悩まされています。
徐々にですが、母の認知機能の低下も感じており、意見が食い違ったり、言った言ってないの問答になったりしています。
そんな母との暮らしで感じることや苦労を、少し自分の弱音を吐き出す意味を込めて、ここに書いていきます。
母との日常
普段は障害者ドットコムのコラム作業や、障害についての勉強、パソコンの作業の学習などをしていますが、それに加えていくつかの家事をしています。
母が前述の病気のこともあり、長時間の歩行や自転車の運転などもあまりできないため、わたしが買い物に行ったり、掃除や洗濯を担当することが多いです。
ひとり暮らしであれば当たり前のことではあるので、とても自慢できることではないのですが、自分なりには母と協力して生活できているかなと思っています。
母は主に料理を担当してくれていますが、元から料理があまり得意ではないせいか、味付けの失敗や生焼けや毛髪の混入などもよくあります。
わたしにとってはこれがかなりのストレスであり、丁寧に作業してほしいとお願いして一時的にちゃんとしてくれるものの、3日もすれば元通りです。なので、わたしが作ったり出来合いのものや外食に頼ったりすることもあります。
福祉を頼ることも検討
ではそんなストレスを抱えた生活のなか、介助を手伝ってくれるヘルパーさんなどには頼めないのでしょうか。
これにはふたつの壁があって、ひとつは母の個人的な感情で「ヘルパーには頼らない」というよくわからないプライドがあります。
もうひとつは、わたしが同居していることで介護福祉をあまり利用できないことです。同居人に介助の余地がある場合は助けを得られないということです。
それに関しては、家族が助けられるのなら、第三者が助けてくれるわけないよなあと自分でも納得する部分ではあります。
親族のちからを借りられない?
では他に頼れるものは無いのかというと、わたしには姉と兄がいます。
姉は自転車で15分ほどの距離で夫婦で暮らしています。兄は車で1時間ちょっとの距離で、夫婦と子ども2人と暮らしています。
どちらも自分たちの家庭で手一杯なのです。
時々顔を見せてくれることはありますが、楽しい土産話をしたり、幸せな様子を伝えてくれるばかりで、母やわたしを助けにきてくれるわけではありません。
これをわたしは、自分の陰湿な性格にもうんざりしますが「幸せの押し売り」と勝手に名付けて、毎度恨めしい気持ちになっています。
これからの自分が成長するために
わたしが母の代わりに家事をしたり、外出の際は身体を支えたり手助けをしながら生活しても、毎日のように何かしらの嫌味を言われたりします。
わたしが何か意見を述べたとしても、母が「逆ギレ」するばかりで、わたしはまたカラに閉じこもるしかなくなります。
鬱の傾向が強いわたしとしてはそれがとてもつらく、ほぼ毎日、死にたいと考えながら生活しています。
それでも現状では介護福祉を受けることはできないので、自分なりに頑張ってA型作業所や障害者雇用へのステップアップを目指し、自分のためにも「親離れ」の努力をしなければなりません。
そのためにまず、いまのB型作業を、今まで以上に頑張っていきたいと思います。
うつ病


