就労継続支援B型「工賃と満足度」アンケートを掘り下げる~重要なのは「リカバリー志向性」
その他の障害・病気 仕事以前、全国精神障害者地域生活支援連合会「あみ」による民間調査で、就労継続支援B型事業所に関するアンケートが行われていました。その結果は「工賃の額と満足度に関連性はない」と総括するもので、工賃を評価軸とする国の姿勢に疑問を投げかける格好となっています。
ただ、この結果に納得のいかない層も存在し、中には「通っている事業所が低工賃の言い訳に使い始めた」「アンケートそのものがおかしいのではないか」という声もあります。
「あみ」の公式サイトでは、実施した調査についての論文がPDFファイルで掲載されています。CiNii(サイニィ)で論文を漁った経験が無ければ分かりづらい文面ですし、全編97ページという大ボリュームなので、読むだけでも骨の折れる書類です。取り上げる部分はわずかですが、本題に即したものであると考えています。
ちなみに、97ページまで肥大化した要因は、これが学術調査でもあるからではないかと思われます。調査内容や集計結果を全て図データとして載せねばならないため、データを纏めるだけでも紙面を圧迫しページも増えるのです。特に、大学の卒論でアンケートを取って集計したという経験のある方なら分かって頂けるでしょう。
アンケート調査の内容
「あみ」で行ったアンケートは、B型事業所に通う精神障害者を対象としています。精神障害者が属するB型事業所へアンケートを郵送し、「今の事業所が福祉就労として初めて」「利用から1年~5年」「通所頻度によって3段階、それぞれ1人ずつ」を満たす精神障害の利用者に答えてもらう形式でした。
質問には事業所の方向性(工賃重視、生活支援重視、両方を重視)や月ごとの工賃や事業所への主観的な評価、WHODAS2.0(世界保健機関能力低下評価尺度:生活の困難度を測る)やINSPIRE(支援のリカバリー志向性を測る)やCSQ-8(支援への満足度を測る)といった既存の尺度、支援時間の内訳を問うものが入っています。
つまり、事業所の方針や工賃や支援にかける時間といった要素が利用者の評価(満足度)とどういった関係を持っているのか調べたい訳なのです。
相関なし。しかし極端な低工賃は別!
工賃は回答した事業所の平均工賃月額分布を「8700円未満」「8700~15000円」「15000円以上」の3群に分けたうえで満足度との相関を見ました。報道でも紹介されたこの分け方に「最高の群でも全国平均(16000円ほど)を下回るのはどうか」と突っ込まれていましたが、分けるまでの背景を見ると元々工賃の高い事業所が少なかったと見たほうが妥当です。結果は「満足度との相関は無し」でした。
一方、報道では紹介されなかった「利用者個人の平均工賃」では違った結果が出ていました。まず分け方が「5000円未満」「5000~10000円」「10000~20000円」「20000~30000円」「30000円以上」の5群になっており、「5000円未満」と「10000~20000円」の2群に有意な相関がみられました。しかも「一番低い工賃の群は満足度が低い」という結果です。
つまり、工賃と満足度に相関はないものの低い工賃は不満であるという結果が真相だったわけです。なお、収入スタイル(工賃、生活保護、障害年金)による違いも調査されていましたが、有意な相関があったのは「工賃+年金」のスタイルだけでした。とりあえず、この調査を低工賃の言い訳に出来ないことは確かです。
「あみ」では「工賃の額で評価する国の姿勢は利用者のニーズと合致していない」と総括で述べていますが、「あまりにも低い工賃だと話は別」とも述べるべきであったと思います。
別の調査では工賃への不満が
B型事業所に関するアンケート調査には、2017年に日本財団が事業者を対象に行ったものもあります。得られた回答は約3700件(「あみ」は約900件)でした。回答した事業所の平均工賃は「5000~20000円」の間が多数を占めており、「5000~15000円」だけで半数も居ました。
日本財団のものは利用者ではなく事業所が対象の調査ですが、それでも工賃に対しては赤裸々な意見が出ています。今の工賃で十分かという質問に対し「あまり十分でない」「十分でない」と答えた割合が合わせて7割もありました。
工賃を上げる意志については、今の工賃が十分と思う事業所でも「さらに上げていくつもり」と6割が回答しています。一方、不十分と感じる事業所でも6割が「上げるための具体的な取り組みはしている」と答えておりますが、4割近くが「上げる必要性は感じるが具体的な取り組みはしていない」と何をすればいいか分からない様子で、「これ以上は上げられない」と諦める事業所も5%ありました。
工賃を上げる必要性については「必要だと思う」が9割近くに上っており、主な理由は「利用者の自立」「生活の質を上げる」「モチベーションを上げる」といった所でした。一方、「必要ではない」と答えた3%の事業所は「働く喜びと工賃は関係ない」「工賃より大事なことがある」「日中の居場所という役割で十分」などを理由として挙げていました。
これが「あみ」アンケートでは、利用者の満足度が高い要因として「職員や仲間の存在」「居場所」「承認や信頼」となり、「工賃」「生活リズム」よりは大切とする結果となっています。しかし、下位とされた「工賃」「生活リズム」も利用者の主観的満足度と相関があり、無関係ではありません。
リカバリー志向性
「あみ」のアンケートに戻り、工賃以外で何が満足度に関わるか続けてみたいと思います。要約で語られていたのは、「利用者が感じたリカバリー志向性」が事業所の満足度に関わっていることでした。
アンケートに使われた尺度の一つ「INSPIRE」では、リカバリー志向性とは単なる社会復帰だけでなく「満足のいく希望に満ちた人生を送ること」と説明しています。それに関する20の設問でスタッフから支援されているかどうかを5段階評価し、1問0~4点の60点満点で採点する尺度となっています。
INSPIREによるリカバリー志向性の評価が高いほど、サービスへの満足度も高いという結果が出ていました。INSPIREの質問項目には将来への展望だけでなく、一人の人間として尊重されているかどうかを問うものも幾つかあります。この調査に関しては、「リカバリー志向性の評価が高い」すなわち「利用者を一個の人間として尊重し、B型からのステップアップも含めた将来設計を支援できている」ことが大切であると思われます。
よくよく考えると対象は精神障害者なので、B型事業所に通い続けるよりもいずれ社会復帰を目指す人が多いかもしれません。その辺りの質問もあればよかったのですが、質問紙調査は項目を1つ増やすだけで回収せねばならない回答の量が跳ね上がるそうなので、入れる余裕はなかったのでしょう。
報道では「高工賃と満足度は無関係」とまとめられていますが、これを真に受けて低工賃の言い訳にするような事業所は「リカバリー志向性がない」ので、ある意味リトマス試験紙にはなっているのかもしれません。
参考サイト
精神障害者における就労継続支援B型事業実態調査報告書|あみ(PDFファイル)
https://www.ami.or.jp
就労支援B型事業所に対するアンケート調査報告書|日本財団(PDFファイル)
https://hataraku-nippon.jp
INSPIRE日本語版(PDFファイル)
http://plaza.umin.ac.jp
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