「本来は理解ある立場だけど」という予防線の張り方
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意見表明の時に反発を恐れて予防線を張ることは結構あると思います。大抵は無意味か逆効果となり「言いたいことがあるならハッキリ言え」と一蹴されるのがオチですが、なんとなくクッションを挟んだ方がいいのかなと迷ってしまうのもまた人情でしょう。実際、想定される誤読を先回りで潰しておくのは読み手の読解力が信用できないときに有効なリスクヘッジではあります。免責事項というものです。
ところが、無闇に予防線を張り続けていると受け手を苛立たせる原因となります。例えば「自分は本来○○という立場で、××という意見を持っており、△△という経験があって……」と長ったらしい自分語りにも似た予防線。俳句の才能ではありませんが「怒らないで聞いて」で伝わります。それを長々とした自己紹介にするというのは、本心では安全圏から石を投げる立場で居たいと思っているのではないかと、勘繰らざるを得ません。
では短い予防線ならいいかというと、決してそうでもないです。「俺もオタクだけど」「自分も発達障害だけど」「製品のリピーターだったけど」みたいな枕詞(まくらことば)は見聞きした方も多いでしょう。本当に枕詞程度であれば良かったのですが、残念ながら大きな意味を持ってしまっています。それは「本来は理解者(当事者)だけど」と表明し、身内からのお叱りや意見表明を装いたいという意思表示です。
こうした自己弁護と共に投げつけられるのは大抵、批判と呼ぶに値しない罵倒やクレームやネガキャンです。物申したいけど言い返されるのは嫌という虫のいい考えが透けて見えるぶん印象は悪い、端的に言えば「ダサい」んですよね。予防線で言ったことの真偽はともかく、やりたいことはやるが責任は負いたくない意思など通る筈もないでしょう。けれど、弱さゆえについ予防線を張ってしまうのもまた人情です。
しかし、これだけは覚えておいてください。攻撃してくる者の境遇など受け手にとっては知ったことではありません。そして、属性や境遇を持ち出して「ダサいこと」をすれば、同じラベルを持つ不特定多数もまた迷惑することになります。尤も、そういった他者目線が考慮できるなら直情的な物言いで揺さぶることなどないのですけれども。


