ダンスで創る共生の社会〜東京芸術劇場の5年間の挑戦

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撮影:中澤祐介 写真提供:東京芸術劇場


東京芸術劇場の「東京のはら表現部」は、去る2月25日に「オープンのはらSeason5」を開催しました。高校生からユース世代が障害の有無によらず対等な関係性を重んじて、身体の内から湧きおこる表現を楽しむダンスワークショップの活動です。東京芸術劇場でこの事業を担当する社会共生担当の三谷淳さん、佐藤宏美さんにインタビュー取材をしました。

発表するためではなく、いまこの場所を楽しむために踊る

──「東京のはら表現部」を始めたきっかけや続ける動機を教えてください
当初から通年で障害者も健常者も一緒に継続して参加できる活動として始めました。始めるにあたってはNPO法人みんなのダンスフィールドの代表である西洋子さんにご相談に乗っていただきました。西さんには継続してこの事業の監修と、チーフ・ファシリテータの立場として関わっていただいております。「東京のはら表現部」では、月に一度、メンバーが集まってワークショップで表現を作り上げます。「オープンのはら」は1年の活動の発表会や報告会という位置づけです」
「活動の目的は、障害の有無や種類に関わらず、ダンスが好きな若い人が集まって、対等の仲間関係での年10 回程のワークショップを継続的に行い、多様な参加者が共に身体表現を楽しむ場をつくることに加えて、そういう場を運営できるファシリテータの育成も目的です。さらには、活動全般を世の中に知ってもらい、インクルーシブな作品の創造・発表を通じた共生社会の在り方の体現とその価値を発信する目的もあります 」
「居場所作りという意味では、希望する全員に来てもらいたいのですが、スペースの制限があるので15~18人に絞って募集しています。複数年続けたい人も多いのですが、指導人材も新しく育てたいので、メンバーは毎年少しずつ入れ替わる形となっています。基本的には年間の活動スタイルは変わりません。指導人材の育成の一環として社会福祉施設に出向いてワークショップを行うこともあります」

──ダンスという活動の先にあるもの
「本来、人には上下関係は無い筈ですが、社会はそうではなく、線引きのもとで成り立っているように思います。その下で生きている以上、辛くなってしまうのは、障害の有無によらず全ての人が抱える問題だと思います。肩書や経験や巧拙などは関係なしに関わり合うことが出来ればきっと心地良いはずです。「東京のはら表現部」はインクルーシブダンスという形をとってはいますが、こういった在り方もあるよね、という、考え方のようなものを伝えていく活動なのかもしれません。そうしたことが結果的に多様な人が生きやすくなることに繋がればよいなと思っています。

最初は探す側だった


撮影:中澤祐介 写真提供:東京芸術劇場

──参加できる人数に限りがあると思うのですが、その辺りはどうしていますか
「今でこそ希望者が増えましたが、最初は都内のあらゆる特別支援学校や大学ダンス部にチラシを送って参加者を探していました。実績も活動も分からない場所に行きたくならないですよね。「オープンのはら」などの機会に活動を直接見てもらえるようになってようやく希望者が出るようになりました。重い障害を持つ人は特に、たくさんの人と一緒に身体を動かす場に出ることに躊躇する場合も多いので」
「初年度は特別支援学校で表現活動をしていた高校生たちが応募してくれました。卒業してからは活動の場がなくなるので、続けられる場があるなら行ってみようとなりました。聴覚障害のある人にも加わってほしかったので、イベントに手話通訳を入れるなど試みて、二年目に手話ユーザーが一人入ってくれました。誰でもどうぞというスタンスだと却って尻込みする人も多いんですよね。先輩が楽しそうにやっているのを知って自分もやってみようとなることも多いようです」

──ファシリテータはどのように募集されましたか
「劇場からのSNSなどでの発信を見て、ダンスやお芝居に関心があって情報を集めている人、素養や下積みのある人が応募してくれます。さまざまな経験を経て生まれた問題意識を抱える人がのはらの人材募集を知って活動に加わり、これまでとは違う表現や、伸び伸びと表現できるようになったケースもあります」
「のはらの活動は地域性の高い文化施設でもおこなわれていますが、そこでは福祉や教育の関係者がファシリテータの育成コースを志望してくれるようです。対して、劇場でやる時は演劇系のモチベーションが高い人が来る傾向にあります」

振付のないダンス


東京芸術劇場 社会共生担当の三谷淳さん

──これまでやってきて成長や変化などを感じていますか
「毎年メンバーが変わる中、継続参加のメンバーも居ます。例えば、知的障害があって受け身で当初は周囲から引っ張られたような子が、自発的に動くようになったのを、凄いなと思って見ていました。外部の方々を招いて合同ワークショップをやった時、自分の家に人を招き入れるような感覚をもってやってくれている感じがしました。受け身的な立場だったのが、「のはら」へようこそと出迎える側に変化したわけです。自分の居場所として大事に思ってくれていることが大きいとは思いますが、今まで受け身だったのが自分から意識を変えていく成長に繋がっていることがうかがえて、印象深い出来事でした」
「東京のはら表現部には、チーフ・ファシリテータの西先生こそいらっしゃいますが、絶対的な指導者という存在ではなく、また、振付師もおりません。『こう動きましょう』と一定の動きを指示されることがいっさいありません。例えば『風に吹かれましょう』などと声掛けをすれば、強風からそよ風まで出てくる表現は皆違ってきますが、そのバリエーションが多様性であり、見ていて心地よいのです。自分の動きは決して誰からも否定されない、人と違うことは却って面白いと歓迎される場なので、何度かワークショップに出れば、自分の中から湧きあがってくるものを躊躇なく出していいのだと皆体得し、自分の表現が出来るようになります。そうなると、自信に溢れて臆することない動きに変わっていきます。スッと変わる子もいれば1年かかって変わる子も居ますが、それもまた面白いですよね。活動の場は月1回ですが、日常生活にも影響を与えているのではないでしょうか。のはらの考えが浸透していくのは、継続によるものだと思います。

──ファシリテーションの意義や役割について詳しく教えてください
「如何に人と人との関係性の種を蒔いて育てていくか、その能力を培うのがのはらのファシリテータの役割です。とても抽象的で分かりにくいですが、人それぞれ捉え方の違うオノマトペなどで動きを引き出していくのが一つのやり方です。自発的に生まれていくものに身を任せるのが、最終的に行き着く先ではないでしょうか」
「十分準備して、たくさん捨てていこう」という方向ですね。事前準備は入念にやりますが、その場の様子に合わせて、準備したもののを多くを勇気を出して捨てていけるとよいね、と話し合っています。ファシリテートとは引っ張るイメージがありますが、そうではなく“見つける”“触発する”のが役割かなと思っています。普段は敢えて言語化しないので、こんな事しか言えないのですが、通常のファシリテーションとはだいぶ違うのではと思います」

──観客からの反響やフィードバックで印象的だったものを教えてください
「一例として、上野で開催した国際会議(「だれもが文化でつながる国際会議」主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団、2022年6月28日~7月7日)オープニング・パフォーマンスで、観客が対等性を大切にしているとアンケートで答えられて、短い内容ながらも伝えたかったことを受け取られた感じがして印象深かったですね」 「のはらのファシリテートや活動は容易に言語化出来ないのですが、だからこそ1年目からずっと、ワークショップの現場でのメンバーの言葉やアンケートの回答、家族のコメントなどをストックして来ました。それをまとめた冊子が発行されます。多くの人の生の言葉と活動現場の写真を掲載しています。東京芸術劇場ホームページでもPDFで載せているので、是非ご覧ください」

──社会福祉関係や外部機関等の連携先は今後も広げていくつもりですか
「次年度より他団体と連携した新たな人材育成講座を開始します。(「のはらカレッジ」) 東京のはら表現部を5年間やってきましたがアートのフィールドからの参加者が多いんですね。「のはらカレッジ」は、参加者も、アート、福祉と、専門性や領域を超えた様々な人たちが集まる見込みです。それぞれの専門性で繋がることによってシェアできると思いますし、ダンスやアートとは遠いバックボーンを持つ人々と混ざり合うことで色々なことが交換できて、今後の連携にも繋がると思います」

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義務感を変えたい


東京芸術劇場 社会共生担当の佐藤宏美さん

──4月から法改正など控えていますが、社会に向けてどのようなメッセージを投げかけていきたいですか
「アクセシビリティの方で言うと、要望や要求に応えるのが大変だという所もあると思いますが、全て完璧にやろうとしないで、本当に大事なのは気持ちであって精一杯やらせてもらうことが大切です。多様な人と一緒にやる活動にも関係しますが、どんな人にも上下関係はなく対等なんだということに尽きます。障害の有無など個性に過ぎず、一人ひとり人間が違っていて当たり前ということを法律が後押ししてくれればいいですね」
「合理的配慮義務が公共機関から民間へ広がっていく訳ですけれども、『やらなきゃいけないからやる』という空気が広がっている嫌いがあります。『やらなきゃいけない』ではなく、『やったほうが豊かになるからやろう』になるといいですよね。それは障害者に限らず一人ひとりが生きやすい社会につながることだと思っています」

──今後の目標や展望はございますか
「冒頭にもお話しした、この事業を監修いただいている西洋子さんは「表現とは自分の中からだけではなく、他者を含めた外部との関わりからも生まれてくる」と、おっしゃっており、そこの可能性をもう少し追いかけていきたいですね。それが結果的に社会共生にも繋がると感じるので」
「東京のはら表現部の本質は、誰も取り残さず全ての人にとって居心地のいい場だと思います。元気で活力のある人は自分で場所を探せるのでしょうけれども、それが難しい人にこそ必要な場です。全国に広がって欲しいのですが、この場に来られない人のためには、オンラインでいつでも提供できるのが理想ではないでしょうか。引きこもりなど社会から置き去りにされた人が、誰にも否定されない表現の場に参加出来たら、どれほど素敵なことでしょうか。夢を語っているに過ぎませんが、一番必要なのに届きにくい人にも行き渡るようなムーブメントを将来的には起こしていきたいです」

障害者ドットコムニュース編集部

障害者ドットコムニュース編集部

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