映画の中の障害者(第7回)「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」

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Photo by Geoffrey Moffett on Unsplash

自閉症イーロン・マスクの衝撃

Twitterの新CEOのイーロン・マスクが世界を席捲しています。大量解雇やヘイト・陰謀論を振りまくアカウントを一斉解除したり、反差別を人生目標としている自身としては悪夢の様な状況ですが、どこか高揚する複雑な感情も抱いています。彼はアスペルガー症候群(自閉症)を公言しています。世界一の富豪が自閉症というのは、確実に世界の障害者観をポジティブに更新するし、当事者にもその両親にも勇気を与えてくれるでしょう。他人にどう思われようが自分のやりたいことを突き進む能力は清々しくもあり、世界が自閉症と向き合っているかのようでもあり、このお騒がせ振り回し様はどこか可笑しさも感じてしまいます。(もちろん社員はたまったものではありませんし、やってることは全く肯定しませんが)

自閉症は、空気が読めず、他者とのコミュニケーションが苦手な一方、こだわりが強く、一つの事を突き詰めるなどの特徴があります。ただ、それらは、皆何かしら持ち合わせているし、認定されていないだけでグレーな人も多いようです。いわゆる仕事のできる人は自閉症的特性が散見されるし、創作をやっていると殻にこもって突き詰める事も大切で、(自閉症である/ない の)境界は曖昧と言えるのではないでしょうか。

さて、自閉症を描いた映画作品はハリウッド大作でも「レインマン」(トム・クルーズとダスティン・ホフマン演じる自閉症の兄との交流)や「ザ・コンサルタント」(ベン・アフレック演じる自閉症の凄腕暗殺者)など様々あります。そして今回取り上げる、今年大ヒットした韓国ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」は自閉症スペクトラム症の女性弁護士が主人公の物語です。

※以下ネタバレあります

自閉症弁護士が難事件を解決

自閉症スペクトラムのウ・ヨンウ弁護士は会社の回転扉に入ることも、ペットボトルの蓋も開けることもできないのですが、法律書を一字一句丸暗記し、ソウル大学を主席卒業する天才で、そのギャップが作品全体をユーモラスかつスリリングあるものとしています。クジラに執着していて、難事件を解決するひらめきには脳内にクジラが登場します。1話完結で事件をそれぞれ解決していく裁判劇を通じて、登場人物の多面的な姿が明らかになっていく姿がテンポよくスリリングに描かれて16話、飽きさせません。

ヨンウの恋愛や家族・同僚たちとの人間関係が見どころなのですが、障害者や韓国社会の生きづらさがバランス良く織り込まれていて、超学歴社会で塾通いの子どもたちを解放しようとする男(9話)、知的障害者の少女の恋愛(10話)や企業の女性差別と闘う人権派弁護士との裁判(12話)の回は特に印象に残っています(12話ラスト、ヨンウと戦い合った女性弁護士達と共に屋上でランチをして、詩を詠むシーンはシリーズ屈指の名シーン)。基本的には、老若男女楽しめる連ドラの様な作りなのですが、悪人を弁護しなければならない理不尽さやさらに悪人側の論理も描いて、深みのある作品となっています。

悲劇の歴史に抗うフィクションとして

本コラム的にも特筆したいのは、第3話目です。同じ自閉症の男性が、殺人容疑をかけられるのですが、ヨンウ自身も差別と偏見で弁護士としての資格を問われます。そして、内省していく中でかつてナチスドイツで行われたT4作戦について語り始めます。

「ナチスにとって生きる価値のない人とは障害者、不治の病の患者、自閉症を含む精神疾患者などでした」

T4作戦ではユダヤ人600万人を虐殺したホロコーストより前に、独自の優性思想をもとに障害者らを生産性がないものとして殺害しました(詳細は下記リンクをご覧ください)。この歴史に引っ張られるかのように、ヨンウは自殺を試みます。

この重たいエピソードを16話のうち早々に登場させたのは、作り手のメッセージと受け取めました。その後も彼女は自閉症ならでは困難にぶつかりつつも、周囲の仲間たちの暖かい支援と共に活躍していきます。いわばT4作戦を貫く「異質で(いわゆる)生産性の無いものを排除する社会」へのアンサーとして、様々な面倒くささ、思い通りに行かなさとぶつかり合いがありながらも、異なる者同士が生きることの楽しさが詰まっています。

データ社会と偶然の可能性

それにしても2022年を振り返ると障害者コンテンツが熱い年だったように思えます。以前取り上げた「コーダ あいのうた」や、日本の連続ドラマ「silent」(観てないのですが)など障害者を描く作品が着実に商業的成功を収めている事に興奮しています。(他にも「へんしんっ!」「梅切らぬバカ」「LOVELIFE」「ケイコ 目を澄ませて」など邦画の話題作も多く公開されました)聴覚障害など絵的にも受け入れやすいものが中心となっていますが、今後は脳性麻痺者が主人公のトレンディドラマもあり得るかと思うとワクワクします。

いわゆる多様性の時代と括れるのでしょうが、更に考察すると、ネット・スマホを初めとするデータ社会疲れから来る「偶然性」への欲求もあるのかなとも最近考えています。アルゴリズム(膨大なデータの計算・分析)がおススメする、商品や情報(友達・恋人候補まで)に日々さらされて「本当に生きていると言えるのか」という実感が広がっている気がします。そして逆にアルゴリズムからしたらバグでしかないもの、思い通りにいかないものである、偶然性が見直されているのではないでしょうか。障害は偶然の産物以外なにものではなく、「偶然の可能性」を広げる媒体として映画の中で障害者が登場しているように思えます。そこでは知的障害者の自立生活を記録したドキュメンタリー映画「道草」の支援員の言葉が深みを帯びます。

「いつの時代でもこういった人たちはいますよね。これって何か意味があるんじゃないかな」

「偶然の可能性」は、自分の取り換え可能性に開かれることでもあり、より優しい社会へとつながります。それを広げることは、教条的で退屈なことではなく、むしろ予測できない世界の面白さとダイナミズムに満ちた作品となり、商業的に成立しつつあることに希望を見出した2022年でした。(今後も継続は力をモットーに連載していきたくよろしくお願いいたします!)


参考リンク

「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」(NETFLIX)
https://www.netflix.com/jp

【優生思想 ナチス・ドイツと現代の日本(1)】繰り返される命の選別 - 記事 | NHK ハートネット
https://www.nhk.or.jp

映画「道草」公式サイト
https://michikusa-movie.com

MXU

MXU

新潟県在住の映像作家。内部機能障害。代表作「BADDREAM」(2018年)。
多様性をモチーフにした映像制作プロジェクト「NICEDREAMnet」で毎月作品を発表しています。
https://www.youtube.com/channel/UCBtMFlHg3tJidPZTrjRLoew

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