福祉の狭間!東洋経済オンラインの連載コラムが取り上げる「早稲田卒発達障害」の叫び
暮らし 仕事フリージャーナリストの藤田和恵さんが東洋経済オンラインにて連載しているコラム「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では、様々な人への取材を通して「貧困から脱出できない社会」「貧困を強いられる社会」のありようを伝えています。
障害者雇用で働く人が登場したのも1度や2度ではありません。8月26日掲載のコラムでも、ADDとASDの複合障害を持つ26歳の男性(以下、Aさん)がフォーカスされ、Twitterのトレンドにまで浮上しました。「早稲田卒の発達障害者が貧困の陥穽(かんせい:落とし穴)に囚われている」という状況は多くの興味を惹いたようです。
理路整然とした提言
「早稲田卒だけあってか理路整然としており説得力のある語りだった」と藤田さんが述懐するほど、Aさんの受け答えは筋が通っていました。Aさんにはどうしても世の中に伝えたいことがあったそうで、「取材を受けたい」という依頼を2度もしていたのです。
まず1つ目に「発達障害を早期発見する大切さ」です。Aさんは「自分の発達障害がもっと早くに分かっていれば、最初から障害者雇用で働けて二次障害も防げたのではないか」と振り返っています。具体案として「発達障害の子はクラスに1,2人はいる計算だ。WISC(Wechsler Intelligence Scale for Children:児童用ウェクスラー知能検査)を義務付けるべき」と提案しました。
そして2つ目となるのが、「貧困強制社会」と密接にかかわる部分です。Aさんが障害者雇用で実感しているのは、一般より働きやすいことと給料が安いことで、手取り15万円すら届かないのが当たり前の世界に生きています。Aさんは清掃会社へ障害者雇用で転職することが決まっていますが、既に手取りは12,3万円程度しかなく、障害者年金で補おうにも「該当しない」と言われる有様です。
「自分はとても一般雇用で働けないが、障害者雇用の安月給で暮らすのも無理がある。せめて副業さえ出来ればいいが、認められないことが大半だ」と、Aさんは自身の取り巻く窮状を無駄なく説明していました。
診断名が出てホッとした…わけがない!
Aさんはタイトルの通りに早稲田大学を卒業した後出版社へ就職しますが、本質的に向かないマルチタスクの仕事が多く失敗続きで、上司から罵られる毎日でした。それでも滅私奉公ぶりだけは見せようと朝早くに出て深夜まで残業していましたが、単に離職を早めるだけでした。
いわゆる「大人の発達障害」を疑ったAさんですが、この時は担当医から「新社会人の甘えだろ」と一蹴され、定型としての人生が続きます。公務員ならばマシだろうと思ったAさんは、警備のバイトで費用を貯めながら公務員試験を受けることにしました。試験に受かって正規職員として再就職できたAさんですが、却ってミスの許されない職場に疲弊し2ヶ月で辞めてしまいます。
2度目の離職後になって初めてADD(注意欠陥障害)とASD(自閉スペクトラム)が明らかとなりましたが、二次障害として抑うつや不眠も併発していました。診断自体にAさんは「その時はホッとした」「もっと早く見つけていれば…」と考えていましたが、診断後は別の苦しみに襲われます。急に始まった「発達障害者としての生活」へ順応せねばなりませんでした。
就労移行支援に通い始めたAさんを待っていたのは「子ども扱い」でした。子どもへ対するようにゆっくり話しかけ、簡単なことで「よくできましたネ~」とべた褒めする職員の対応は、早稲田卒の大人に対していかほどの屈辱だったことでしょう。
子ども扱いによってAさんの障害に対する自己受容は遅れました。慰めに来た母親に八つ当たりし、「発達障害とか甘えだろ」と責める父親とは掴み合いの喧嘩もしたそうです。(Aさんの父親は殴られなかっただけでも有難いと思うべきでしょう。)
発達障害でよく「診断名が出てホッとした」という発言はありますが、障害が分かったからといって事態が好転するとは限らず、寧ろ別の問題が持ち上がってくるのです。
引きこもり生活への不安
Aさんは診断後から1年間、引きこもり生活を送っていました。ちょうどその頃、川崎通り魔や元農水事務次官の息子刺殺が世間を騒がせ、発達障害の引きこもりであるAさんは「自分もあのような犯罪者になるのではないか。親に殺されるのではないか」と強烈な不安に襲われます。
特に川崎通り魔事件の影響で噴出した「一人で死ね」論は、Aさんに希死念慮と拒食症を与えました。不眠症も相まって体重が20キロも落ちたという Aさんは、障害者手帳の写真と比べて痩せこけた様子でした。
Aさんの引きこもり生活は、マンション清掃業者のアルバイトを始めたことで終息します。業者と大家はとても理解のある人間で、Aさんが無理なく働けるよう合理的配慮をしています。おかげでAさんも自身の障害と向き合う余裕ができ、リストバンド型のメモ帳をつけるなど対策も考え出せるようになりました。無知蒙昧だった父親も障害のことが分かり、家族関係も修復されています。
十年単位の引きこもりに比べると「たかが1年ぐらいで」と思われる人もいるかもしれません。しかし、1年間の引きこもりと無責任な言説による重い不安は、Aさんを痩せ細らせるのに十分すぎるほどの害毒でした。
しかし、収入が無い
Aさんの働く清掃業者は障害への理解が進んでおり、合理的配慮が出来ています。しかし、Aさんはその職場を離れ別の清掃会社へオープンで転職する決意を固めました。環境の問題でなければ恐らく収入の問題でしょうが、転職後も手取りで13万円が関の山とされています。ここでコラムの名前が「貧困強制社会」であることを思い出してください。
発達障害のうえメンタル面で大きな傷を負っているAさんが働くにはオープンの障害者雇用しかありません。しかし、障害者雇用はどれも収入が低く昇給も見込めないため、経済的自立には至れないのです。
低収入を補うはずの「障害者年金」も、手帳の等級が低いと受けられません。これをAさんは「福祉の狭間」と呼んでいます。発達障害ゆえに薄給の障害者枠でしか働けず、手帳の等級も低いため障害者年金で補えない、低収入を強いられる環境を的確に捉えた表現です。もはや劣悪な環境と少額な給料のどちらかしか選べない有様です。
Aさんは「発達障害は遺伝するそうだから、自分は結婚するつもりがない」と、26歳にして生涯未婚を掲げています。とはいえ、「福祉の狭間」からこぼれ落ちたAさんはたとえ望んだとしても結婚できないでしょう。
悲壮な決意を固めながらも自分なりに前進するAさんですが、独身・発達障害・低収入と兼ね備えた彼を指さして「見よ、生産性の欠片もない社会不適合者たるダメ男の姿を!」とせせら笑う影が既に浮かび上がっているように思えてなりません。
参考サイト
早稲田政経卒「発達障害」26歳男が訴える不条理|ボクらは「貧困強制社会」を生きている|東洋経済オンライン
https://toyokeizai.net
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