「機長、やめてください!」統合失調症のパイロットに必要だったのは何か

統合失調症
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1982年2月、ホテルニュージャパン火災の翌日にその航空事故は起きました。日本航空350便が羽田空港の滑走路を目前にして海上へ墜落し、24人もの死者を出したのです。

統合失調症を患っていた機長が幻聴に苛まれてあり得ない操作をしたことから、機長の名前や墜落直前のやり取りが当時の流行語にまでなりました。精神疾患への偏見の一助となったこの事故について振り返ってみたいと思います。

罹患(りかん)から事故まで

機長が精神疾患になったきっかけは事故の6年前に日本航空の系列企業へ異動したことによる環境の激変でした。症状はエスカレートし、やがて「自分は日本人でないかもしれない」「家に盗聴器が仕掛けられている」と発言する程にまで悪化していきます。しかし診療体制が不十分だったためか、事故発生まで統合失調症の診断が下ることはありませんでした。

日本航空へ戻ってからも機長の精神状態は回復しておらず、国際線のフライトで小さなミスを幾つも犯したことから初めて受診しました。ところが診断は「うつ状態または心身症」というもので、数週間の休職で済まされてしまいます。

機長は投薬治療を受けていたものの、処方を止めるとすぐ症状が再発する微妙な状態でした。それでも定期試験にはなんとか受かっていましたが、コミュニケーションや注意力の評価は悪かったようです。医師への報告は楽観的だった反面、妻への経済的DVや同僚へのシカトなど異常行動が加速していました。

事故の瞬間、機長は幻聴・幻覚に苛まれ本人曰く「気を失っていた」状態だったそうです。機首を下げていったうえ「逆噴射」までしており、副操縦士が「機長(キャプテン)、やめてください!」と叫んだところでボイスレコーダーは途切れました。機長はしばらく上の空でしたが、墜落した状況を理解するや否やわんわん泣き出したそうです。

事故を受けて初めて機長は統合失調症と診断され、不起訴処分と措置入院を経て1年後に日本航空から解雇されています。

記者会見から流行語に

事故後の記者会見で「逆噴射したような状態」「ボイスレコーダーに『機長、やめてください!』」「心身症などで休職していた」といった発言がなされたことから、「逆噴射」「心身症」「機長、やめてください」はその年の流行語となりました。いずれも当時聞きなれない言葉だったのが大きかったようです。

特に「逆噴射」は精神疾患を揶揄する隠語として使われていたそうで、事件の2年後には家庭内戦争をテーマとした「逆噴射家族」という映画が上映されていました。後に他の隠語に取って代わられたためか、現在では「ジェットエンジンを逆方向に噴射して着陸時に減速する」という本来の意味に回帰しています。

また、事故を起こした機長の実名も同様に精神疾患を揶揄する隠語とされた時期がありました。同じ名字や名前の子どもは大変な思いをしたそうです。

病識の行き違い

事故の遠因として病識などの行き違いも挙げられています。精神疾患には往々にしてよくあるのですが、本人に病識がなかったり診断が軽くなるよう嘘をついたりすることがあるそうです。機長が正直でなかったのか当時の医療が未熟だったのかは判断がつきませんが、医師や日本航空に正しい情報が行き渡らなかったのは確かです。

機長夫人は最も近くで機長の様子を見ていたはずですが、医師・機長との三者面談形式で正直になれなかったのか異常行動の全てを伝えてはいませんでした。快調と言い張る機長と違い気分のムラなどを報告していましたが、機長の友人や上司など関係者には病状を正確に伝えていなかったそうです。

また、職場でも機長のミスや問題行動が明らかになっていたはずですが、しばらく副操縦士に留める程度で大きくは取り上げられませんでした。これらにより医師に正確な体調が伝わらず、誤診を引き起こしたとされています。

パイロットの定期審査である航空身体検査では統合失調症が不合格の対象でした。しかし決定的な行動を報告しなかったために軽い診断が下り、機長を乗せ続けたのです。

機長自身に正しい病識が無くとも、家族や同僚が勇気をもって機長のことをつまびらかに医師へ話していれば防げた事故だったかもしれません。一方で、当時の精神疾患や医療に対する偏見などを鑑みると、入院を避けるために多少の嘘や隠し事をしたくなるのも致し方なしであったようにも思います。

現代でも受診に抵抗感

統合失調症は具体的な原因というものが判明しておらず、過剰なストレスだとか神経伝達物質のバランスだとか抽象的なものしか分かりません。ただ、およそ100人に1人の割合で思春期から40代までにかかるといわれています。機長も事故当時35歳で、異動したのが29歳なので年代的には十分に当てはまります。

精神医療や薬はある程度進歩しました。本人に病識が無くても周囲にとって明らかにおかしければ代わりに入院の手続きをすることも出来ます。前よりは気軽に受診できてもおかしくないはずなのです。

それでも精神医療のハードルが高いと感じ抵抗してしまうのは、未だ偏見が払拭されていないためでしょうか。それとも、精神病棟が旧態依然のまま成長していないという声があるからでしょうか。はたまた、現代人が露悪主義を至上としたやり取りに浸っているからでしょうか。病名とは支援の足掛かりであって、分断の旗印ではないはずなのですが。

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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