ASD世界史「冷蔵庫マザー理論の一生」~ブルーノ・ベッテルハイムの爪痕

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ASD(自閉スペクトラム、旧自閉症)を語るうえで「歴史の汚点」と呼ぶべき男が存在します。「ブルーノ・ベッテルハイム」というその男は、ASD最大にして最悪の誤謬といわれる「冷蔵庫マザー理論」を世界中に広めました。冷蔵庫マザー理論とは「親の教育が悪いからASDになる」という主旨で、ASD児の親が孤独に泣き寝入りすることを推奨する間違ったロジックです。勿論現代の心理職でこれを信じる人間はまずいません。

ベッテルハイムはアメリカで心理学者として働いていたのですが、その経歴は偶然と幸運に乗じて作られたハリボテで、本人に心理学の素養はほとんどありませんでした。それでも彼は生涯好き勝手に精神医学や療育の場を荒らしまわり肩で風を切って歩き続けたのです。

戦犯ブルーノ・ベッテルハイムと冷蔵庫マザー理論、両者の一生を追っていきましょう。世界中のASD児保護者を悲しみと絶望へ叩き落とした男の生涯はどのようなものだったのでしょうか。

ホロコーストから逃れて

1903年、ブルーノ・ベッテルハイムはオーストリアのウィーンにて産声を上げました。大学は家業のため一度中退するものの、10年後に再挑戦し無事学位を取得します。カント哲学と美術史を専攻していたようですが、彼が興味を持っていたのは心理学でした。しかし心理学について体系的に勉強した経験は生涯なかったのです。

ベッテルハイムはユダヤ系のため、1938年(35歳)にナチスから身柄を拘束され収容所へ送られます。ところが翌年、ヒトラーの誕生日ということで特赦が行われベッテルハイムは釈放されたのです。幸運にもホロコーストから逃れたベッテルハイムはアメリカへ移住し、夢の心理学者となりました。

心理学をかじっただけのベッテルハイムがアメリカで心理学者となれたのは、大学時代の経歴がナチスによって破棄されていたためです。過去を遡及される憂いのないベッテルハイムは、「自分は心理学を専攻していました!」と自称するだけでシカゴ大学の教授にまでなったのです。1944年(41歳)のことでした。

偶然と幸運に乗じて心理学の教授になれたベッテルハイムは、やがて「冷蔵庫マザー理論」を支持し始め、1950年代から論文を送り出して誤った知識を世界中に流布するようになります。

冷蔵庫マザー理論との出会い

ベッテルハイムがシカゴ大学の教授になる1年前、レオ・カナーという男が「ASD児の母親には愛情がない」と発言し「冷蔵庫マザー理論」を提唱しました。後に論文として形になった冷蔵庫マザー理論はベッテルハイムの目に留まります。

冷蔵庫マザー理論を熱烈に支持したベッテルハイムは、1950年代から論文や書籍を幾つも執筆し始め、世界中に広めてしまいます。これにより「親の教育が悪いとASDになる」という誤った信念が流行り出しました。当分は冷蔵庫マザー理論の天下だったわけです。

これに真っ向から対立したのがバーナード・リムランドでした。リムランドはASD研究の権威として名を馳せ、ASDに関する協会や学会を幾つも設立した経歴を持つ本物の心理学者です。

1964年、リムランドは著書の中で冷蔵庫マザー理論における不備や誤謬を一つ一つ突き止めていきました。冷蔵庫マザー理論の権威はリムランドにより失墜し、これに不満を抱いたベッテルハイムは「うつろな砦」を著し抵抗します。

ところが、1969年に元々の提唱者であるカナーが「俺は元々ASDが先天的なものと発信していたが、親の特徴を書いていたらそこだけ抜き出されて『ASDは親が悪い』となってしまった。」と言い訳のような弁明を行ったのです。これは提唱者が自説を破棄したと見做され、冷蔵庫マザー理論は見事打ち倒される形となりました。

ベッテルハイムの名声はカナーの説に寄生してこそなので、カナーが自説を破棄すると寄る辺が無くなります。梯子を外されたベッテルハイムの権威は地に落ち、1973年(70歳)にシカゴ大学を辞め心理学の第一線から退いたのでした。

虚飾が暴かれるとき

アメリカに帰化してからのベッテルハイムには障害者施設の運営者という仕事もありました。しかし教授職と同様に障害者施設での働きぶりも問題ばかりでした。入所者への暴言・暴力・セクハラなどが報告されていたのです。

一応の本職であるASDの研究でも、定型発達者を使って「ASDが治った」という結果を捏造するなど問題行動がありました。冷蔵庫マザー理論の広まりで名声を得ていたのをいいことに、虚飾にまみれたやりたい放題の研究者人生を歩んでいたことが窺えます。

しかし阿漕な手段に反してベッテルハイム自身にそれほどの図々しさはありませんでした。メンタルが弱いベッテルハイムは妻を亡くしてから重い心労に苛まれ、86歳で自殺し生涯を終えたのです。

ベッテルハイムの経歴詐称や問題行動は死後次々と明らかになり、彼の振りまいた虚飾はようやく暴かれました。しかし冷蔵庫マザー理論が死滅したのかといいますと、必ずしもそうとは言えません。

まだ死んでいない冷蔵庫マザー理論

リムランドの反撃とカナーの敗北宣言によって冷蔵庫マザー理論は明確な間違いとして処理されるようになりました。しかし世代や教育によっては未だに「発達障害は親の教育が悪いからだ」と信じ込んでいるアナクロニズム人間も存在します。

例えば森友問題でほぼ虐待の教育体制が明らかになった籠池夫人です。塚本幼稚園の保護者向け便りでこのような事を書いていました。

「日本の子どもは最近劣化している。発達障害児など昔は10000人に1人だったのが今では15人に1人だ。働く親のためにと四六時中預かる保育園など発達障害養成所に過ぎない。親も親で、公共物を大切に使う事すら躾の出来ない奴が多すぎる。そうこうしているうちに発達障害児が飛躍的に増えてしまった。

要約するとこのような感じです。籠池夫人まで極端でなくとも似たようなことを信じる人間はゼロといえません。冷蔵庫マザー理論はかつて世界を席巻していましたので。

堕ちた英雄

冷蔵庫マザー理論に敢然と立ち向かったリムランドですが、彼もまた晩年は道を踏み外し「堕ちた英雄」と成り果てました。ASDに効く方法を求めるあまり、食事療法やビタミン摂取の研究を経て遂に間違った結論へと達してしまったのです。

リムランドが行き着いた答えは「反ワクチン」でした。一部ワクチンの保存料として使われる有機水銀化合物にASDの原因を求めたのです。特に敵視したのはMMRワクチン(麻疹・おたふく風邪・風疹を対象とした生ワクチン。日本では未承認)ですが、そちらに件(くだん)の化合物は使われておりません。それでもリムランドはお構いなしといった様子で、科学的根拠の薄い論文でもMMRワクチンの悪口さえ言っていれば支持するほど耄碌していました。

かつて冷蔵庫マザー理論を打ち倒したリムランドは英雄として並々ならぬ権威と信頼を獲得していました。しかし、ASDの原因解明を急ぐあまりにベッテルハイムと同じ過ちを犯し晩節を汚したのです。

参考サイト

ブルーノ・ベッテルハイム - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org

冷蔵庫マザー - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org

「冷蔵庫マザー」と呼ばれて…誤解されがちな発達障害の原因4つ(2017年3月7日) - エキサイトニュース
https://www.excite.co.jp

自閉症児の親たちが入り込む「フィルターバブル」の闇
https://www.buzzfeed.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

自閉症スペクトラム障害

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