家族と葛藤し、家族に守られた20年

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出典:https://www.photo-ac.com

一言で障害者と言ってもいろいろあります。どの障害もそうだと思いますが、障害者を抱える家族は本当に大変な苦労をされていると思います。私は精神疾患を患って約20年以上になります。この間の家族との葛藤や家族に助けられた日々についてお話します。

私は、正社員で働きながら一人暮らしをしていました。家に帰ってくると引き出しに入れてあったお金が無くなっていたり、洗濯物が汚されていたりと、何者かが私が留守中に入ってきているのではと疑い、警察に相談にいきました、家の鍵も何回も変えました。家族に相談すると、「あんたの被害妄想じゃないの?」と言われました。被害妄想ではない、間違えなく何者かが私の留守中に家に勝手に入っていると主張しながら約1年経ちました。

この間に、徐々に被害妄想が増大し、一人で家の中でテレビに向かって独話をするようになりました。見るもの聞くもの全部が自分にとって敵に見えて、家族の事も敵に見えて、特に母が悪質な連中とつるんで、お金欲しさに娘の家に隠しカメラをつけて内部を撮影していると思ったこともありました。

相変わらずお金が無くなったりするので、一人暮らしを止めて実家に戻りました。実家でも自室に閉じこもり、テレビに向かったり、見えない相手に対して独話をする毎日でした。この間、両親とりわけ母は、いろいろな精神科のある病院に私の事で相談に毎日のように行っていたらしく、私に「一度一緒に精神科を受診しないか」と話を持ちかけてきましたが、「私は病気じゃない!」と言って強く受診を拒みました。

日に日に家族との関係が悪化し、私が家族に暴力をふるうようになりました。そうなると両親は警察に相談して、警察によって強制的に入院させられました。母は「このままほっといたらあんたが犯罪者になる」と言って警察の手を借りて強制的に私を入院させました。

入院後も両親は度々面会にきてくれましたが、私は「自分が病気ではないのに無理やり入院させられたのだから早く退院させろ!」と両親に詰め寄るばかりでした。日帰りの外出も、1泊から3泊くらいの外泊もしました。日に日に落ち着いてきましたが、心の中では自分は病気ではないのに無理やり入院させられたという思いは消えませんでした。日帰り外出の時も外泊の時も、父か母が迎えに来て、帰りは病院まで送ってくれます。家から遠いところの病院だったので、両親としてはしんどかったと思います。退院後は暫くは通院にも同行してくれました。両親ともに持病をもっていて健康とはいえないのに、体力的にも精神的にも両親にだいぶ無理をさせていたと思います。

退院しても暫くは穏やかに過ごすのですが、元気になるとまた妄想が始まりました。家族が私の入院給付金を欲しさに、私を無理やり入院させている。最後には病院で私を殺して、生命保険金を取ろうとしていると思ってしまったりもしました。私が入院中に父も病で入院しました。私が退院してほどなく父が亡くなりました。父を殺したのは母だと母を攻めまくりました。

退院してすぐに仕事に就きましたが、人間関係が悪くて、途中から急に無断欠勤するようになり、そのまま退職しました。その後再び入院しました。その間に姉が元の職場との話し合いや、私の金銭管理等の後始末を全部やってくれました。それでもまだ「私は病気じゃないのに、家族に無理やり入院させられた」と言う思いは完全には消えませんでした。姉の事も疑うようになりました。

昨年、4か月入院しました。自分の人生を振り返って、全部が私の妄想、特に被害妄想であると認識できるようになりました。何だか肩が軽くなりました。心も穏やかになりました。今の私があるのは、家族に支えられていたからだとつくづく思います。亡くなった父に謝りたい、高齢の母に心から感謝したい、姉弟、特に姉にありがとうと言いたい気持ちでいっぱいです。

yukoばばあ

yukoばばあ

52歳。30代から統合失調症になる。40代になって強迫性障害も発症する。幻覚、幻聴、妄想状態になり、現実と妄想の区別がつかなくなるが、入院治療と退院後は服薬治療で症状は治まり安定している。強迫性障害は継続中で、すぐに不安になり確認行為が続いているが、少しづつ回復に向かっていると思う。これまでに事務職や相談援助職をを経て、現在人生最後の就職活動中。自分が建てた家の中庭を見ながら過ごす休日に癒されている。

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