障害を理解して出世~言語不明瞭だった将軍の理解者、大岡忠光

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皆様は江戸時代に言語不明瞭な将軍がいたことをご存知でしょうか?その将軍の言っていることが周りの人には理解できなくて唯一理解できた人が飛躍的に出世して権力を手にしました。今回はそんな物語をお伝えしようと思います。

特異なる将軍

その将軍の名前は徳川家重(いえしげ)といいます。父親は暴れん坊将軍で有名な徳川吉宗です。長男でありましたが言語不明瞭で彼が言っていることがまったく周りには理解出来ず、出来のいい弟が将軍になるのだと誰もが思いました。ですが、父・吉宗は最終的に家重に将軍を譲りました。理由としまして2つあります。家重には優秀な長男の家治がいたことです。弟に将軍を譲ったら家重の子の家治が将軍になれる可能性はゼロとなります。もうひとつの理由として初代将軍・家康が定めた武家諸法度に長子相続というものがあります。どんなに無能な人間であっても長男が跡を継ぐことが法律として定められました。これにより優秀な弟より障害のある兄・家重が跡を継ぐことが決定しました。

唯一の理解者

将軍となった家重ですが政治の実権は父・吉宗が握っていました。それから3年後、吉宗が亡くなると名実ともに家重の時代となりましたが本来ですと言語不明瞭ですので政治がストップするところですが唯一、家重の言っている言葉が理解できる人物がいました。家重が幼い頃から仕えていた側近の大岡忠光(おおおか・ただみつ)です。その為、吉宗が廃止した側用人政治を復活させることになりました。家重の言ったことを忠光が聞いてそれを一同に伝えるというやり方の政治を行った為に忠光に権力が集中してしまい、忠光は旗本から大名に出世してついには将軍の次に偉い老中に匹敵するほどの権力を掌握するに至りました。その政治体制は大岡忠光が亡くなるまで続きました。

謎の晩年

大岡忠光が亡くなると家重は強制的に隠居させられて、長男・家治が将軍に就任することになりました。家重がその後、どのような人生を送ったかは定かではありませんが、亡くなる前に家治に家重側近の老中をクビにするなと遺言したそうです。そのことが仇となり賄賂が横行する時代となってしまいました。
最後に私自身が歴史の上で学んだことを述べさせていただきます。そして、私の考える究極の理想像についても述べさせていただきます。まず、どのような理由があっても障害者を政治のトップの座に座らせるのは間違いだと感じます。もし、それが次代の担い手が例え優秀な人材であったとしても、政治を行うのは現在の政治家なのですから。そして、無理な法律は吟味したうえで改めるべきものだと感じました。障害者を否定する気はさらさらありませんが、分不相応なポジションにおくのは間違いです。さらに、いくら優秀な政治家であっても権力が一気に集中するのもいかがなものかと思います。一気に集中しない為には言葉を理解出来る人材を募ることも肝要だと思いました。一度、将軍と定めた人間を強制的に引退させる体制もおかしいと感じました。それにくらべると今日、我々が生きる時代は障害者であっても自由に生きられる時代になって非常に恵まれていると私は感じています。このような時代がいつまでも続くように、また、進化していくようにと私は願っています。もちろん、障害者ばかりの政治では国が立ち行かないのは誰が見てもわかります。しかしながら障害者の方が国のトップに立って健常者の方がそれを支える体制が一番理想的なカタチです。もちろん、理解ある健常者の方が補佐するのが前提のうえで、ですけど。それが、平和な国の最たる理想像だと私は信じています。

障害者ドットコムニュース編集部

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