障害者支援にAIを!〜パパゲーノの挑戦が福祉現場を変える
暮らし杉並区と世田谷区にある就労継続支援B型事業所「パパゲーノ Work & Recovery」は、パソコン作業をメインに展開する非常に珍しい作業所です。運営母体である株式会社パパゲーノは、生成AIを障害者福祉の現場に積極的に活用する革新的な取り組みを進めており、個性豊かで先進的な企業として注目されています。
彼らは言います。「AIは障害のある方にとっても支援者にとっても、強力なパートナーとなる」と。録音を自動で書き起こす音声解析AI支援記録アプリ「AI支援さん」などを手掛ける同社の取り組みについて、代表の田中康雅さんにインタビューして深掘りしました。
現場が変わる!アセスメント&モニタリングがラクになる
──「AI支援さん」のおすすめポイントを教えてください
「支援現場向けアプリ『AI支援さん』にはコアとなる機能が2つあり、後でもう1つ追加する予定です。ひとつは面談や会議の音声を録音するだけで自動的に文字起こししてくれる機能です。支援に面談はつきものだと思います。支援の現場はパソコン入力などが苦手な人も多いのですが、一日何件もの面談を抱えていても、録音すれば全て記録してくれます。ふたつ目は書類の生成機能で、WordやExcelの形式で任意のフォーマットで生成できます。例えば個別支援計画の書類を作る時、短期目標や長期目標、現職や生活スキルなど、枠を自由に設定して生成してくれます」
「後々追加する機能には、溜まった支援記録をもとに利用者への対応などを教えてくれるAI相談機能があります。面談の録音、書類の生成、AI相談、これら3つがコアとなる機能です。なお、録音に使うマイクはスマホのものでも大丈夫です」
──バラバラのフォーマットにも対応できるのは凄いですね
「相談支援のDX化が進まない主な理由として、自治体ごとに独自のフォーマットを作り過ぎていること、現場のITリテラシーやインフラが不足していることが挙げられます。実際、回線どころかパソコンすらない所もありますからね。それでもスマホひとつで記録できるようになりますし、事業所ごとに異なるフォーマットであっても、任意の書式を登録すればAIが自動で下書きを作成してくれます」
──GPTs(カスタムGPT)に近い感じですか
「イメージとしてはその通りです。企業ごとに自社のデータをAIに学習させ、それぞれのAIとして活用する技術は徐々に広まっています。私たちもB型事業所を運営する中でいち早くAI活用の事例を作り、どのような事業所でも使えるように取り組んでいます」
福祉にAIを広めるには
──業界全体でよりAIを活用するにはどうしたらいいですか
「いくつかやり方はあると思います。まず最先端技術を用いた事業所を増やすのが前提となりますね。その上で活用事例を積み重ねていくこと、具体的には上場企業や自治体や国を動かしていくことです。全国で介護福祉施設を125施設運営している上場企業の経営に関わり、現場でAIの活用事例を積み上げています。国への働きかけとしてはロビイングでしょうか。手帳や受給者証などをマイナポータルに統合するのはほぼ確定路線ですが、自治体の業務標準化が出来ていないので、バラバラのルールを統合していくのが今後の課題ですね。異なる常識の中でもDX化を進めていくシステム設計が求められます。あとは、スマホひとつで使えるような状態づくりが必要になりますね」
「AIに対して、仕事を代替するものというイメージを持たれる方が多いのですが、実際のところはAIは障害のある方にとって社会資源であり介助ツールだと思います。その認識を持ち支援の幅を広げるパートナーであるとイメージ戦略を練るのも大事ですね」
──行政との連携はどのようにとっていますか
「杉並区でも導入いただいております。区主催の事例検討会の研修における議事録作成でAIを活用しています。文字起こしとデータ分析にAIを導入し、参加していなかった方にも分かりやすい議事録を作っています」
──他の事業所への広がり具合はどうですか
「まだ営業を始めたばかりなのですが、現状では無料トライアルの問い合わせが30社以上来ています。かつて受託開発でやってきたものを汎用的なプロダクトに仕上げ、単一のシステムをどの会社でも使えるようにして本格的に営業している段階です。その受諾開発の時に縁のあった5~6社には今もご愛顧いただいています」
──AI支援さんにはお試しなどありますか
「1ヶ月無料のトライアルがあります。初期費用が1法人あたり10万円で、1事業所あたり月額1万円です。加えて、AI機能の利用に応じて従量課金で利用料が発生します」
きっかけは知人の自殺未遂
──企業理念の「生きててよかった」の由来は何ですか
「大学時代に、身近な知人が自殺未遂を起こしたことがありました。なぜ死にたいと思ったのか、何もできなかった自分への悔しさもあって、それ以来、自殺予防やメンタルヘルスの問題を強く意識するようになりました。また、自分自身も精神的に大学に通えなくなり、単位が不足していた時期があったのです。ただ、自殺予防やメンタルヘルスの領域で何かを実践するのは非常に難しく、確かなエビデンスもあまりありませんでした。それでも色々と調べていくうちに、社名の由来にもなった『パパゲーノ効果』というものに出会いました。パパゲーノ効果とは、死にたくなるほど辛い状況や疾患を抱えながらも、生き続けている人の体験談を伝えることで、自殺を抑止できるという仮説のことです。これを自分自身で実証したいと思ったのがきっかけです」
──どうしてB型事業所でやろうと思ったのですか
「なぜB型事業所を選んだのかには、ふたつの理由があります。ひとつは、もともと統合失調症の当事者の体験談を絵本にする活動を行っていて、クラウドファンディングを活用して絵本を自費出版しました。その絵本の原作者の方が、B型事業所に通いながらパソコン作業を希望されていました。しかし、近隣にパソコン作業ができる事業所がなく、ずっと軽作業を続けるしかない状況でした。パソコン作業が可能なB型事業所は7.5%ほどあるとされていますが、実際にはパソコンが1台置いてあるだけでもその中に数えられているので、実質的にはもっと少ないのです。この課題を解決したいという思いが立ち上げの理由のひとつです」
「もうひとつの理由は、ジョイナーの対人関係理論に基づいています。人がなぜ自殺願望を抱くかというと、孤独感(所属感の減弱)と、自分が生きている方が周囲や社会のお荷物になって迷惑をかけている感覚(負担感の知覚)が主な原因です。
逆に言えば、どこかに所属し、社会に貢献しているという実感があれば生きることへの希望を増やせるのではないか。B型事業所にはそれを実現する可能性があると思いました。作業を通じて感謝され、学びを得られる場を作りたかったのです」
田中さんは、福祉業界で活動するのであれば当事者と一緒に変えていくのが理想だと考えています。福祉を受ける当事者と共に、福祉のあるべき姿を追求し、当事者ありきの障害者福祉であるべきだと語っています。
田中康雅さんの著書『生成AIで変わる障害者支援の新しい形 ソーシャルワーク4.0』
https://papageno.co.jp/book-20250311/
パパゲーノ公式チャンネル/YouTube
https://www.youtube.com/@papageno_jp
株式会社パパゲーノ
https://papageno.co.jp/