精神科病院を廃止したイタリア

その他の障害・病気

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今から約40年前、イタリアは世界に先駆けて精神科病院を全廃し、地域で精神病患者の治療を行うことを選びました。「精神病の治療に本当に必要なものは何か」こうした根本的な問いに、実践を通じて向き合い続けた末の答えでした。

欧米における精神疾患者に対しての変化

欧米各国では第二次大戦後、精神病入院患者の人権問題や経営の悪化を背景に精神科病院の閉鎖が進められました。当時問題となったのは、精神科病院閉鎖後、精神疾患の人たちの新しい居場所をどうするかでした。退院しても帰る場所がない人たちを受け入れる場所を作るには、病院に頼らずに地域で支える新しいシステムを作るしかありません。しかし、その準備をしていなかった国では、退院した患者を受け入れてくれるコミュニティがなく、多くの人たちが病院から路上に放り出されホームレスとなってしまいました。

このコラムではこの危機を乗り越えた国として、イタリアの精神医療に焦点を当て、紹介させて頂きます。

精神病棟をなくした精神保健法(180号法、別名バザーリア法)

戦後の危機において、イタリアは徹底した地域保健サービスの道を選択しました。その改革の先頭に立ったのが「フランコ・バザーリア」という精神科医です。

フランコ・バザーリアは大学卒業後、13年間大学助手として働き、1961年に採用試験を経てゴリツィアの精神科病院長に赴任しました。院長に赴任した彼は、鉄格子で囲まれた隔離部屋や、患者に対する強制投薬、身体拘束が当たり前のように行われている病院に実態に驚いたのです。当時のイタリアの精神科病院は「病院」という名の「刑務所」に、「患者」という名の「囚人」が隔離され人知れず死ぬ、まるで収容所のようだったのです。このことを世に知らしめるため、写真集の発行や、テレビ放映、本の出版という、いわゆる内部告発に知恵を絞りました。1970年にトリエステの精神病院院長に就任後、知り合った県代表の政治家ミケーレ・ザネッティと共に精神病棟への改革を進めていきます。

イタリア全土の精神科病院を解体し、地域の精神保健センターへ全面転換を図ることを決めた精神保健法(180号法、別名バザーリア法)を制定しました。

最初に取り組みが始まったのは、イタリア北東部、スロベニア国境に近いトリエステという町です。精神科病院から地域の精神保健センターに変わり、扉もオープン、隔離もなし、身体拘束なしで24時間対応可能な体制が生まれました。しかし、全ての地域で一斉に精神病棟の閉鎖が進んだわけではありません。イタリアの南部では、患者の入院は必要だと考える医師も多く、事実上の長期入院が行われることもあったそうです。イタリア全土で精神病棟の閉鎖が完了したのは、法律が施行されてから20年以上も後のことです。

イタリアの地域中心型精神医療サービス

イタリアでは各州内に地域医療事業体(ASL)と呼ばれる、精神保健部門の設立が義務付けられており、精神保健に関する予防、ケア、リハビリテーションの実施も任されています。また、様々な職種(精神科医、看護師、社会福祉士、心理士、作業療法士、リハビリテーション技術者など)チームが配置されており、成人の精神保健全般のニーズに応えるように配置されています。各ASLの精神保健部門の内訳は

  • 1.地域精神保健センター
  • 2.総合病院内の精神科入院病棟
  • 3.デイホスピタルやデイセンターのような生活・居住訓練施設
  • 4.生活訓練施設としての居住施設

などを都市部に運営しており、長期の包括的介入や地域ケアも担当しています。地域精神保健センターは、通常月曜から金曜と土曜の午前中開いており、地域住民はいつでも医者の紹介なしに、直接予約で受診できます。

イタリアでは現在、単科精神科病院が廃止されましたが、精神病床自体が無くなったわけではありません。実際、精神病床は総合病院に最大16床まで設置できるようです。

ではなぜ、単科精神科ではなく、総合病院なのでしょうか?

例えば、*1脳炎などが原因で、統合失調症に似た症状が出ることがあります。この場合、誤診や診断の遅れが命取りです。こういった事態に対処するために、総合病院に精神病床が設置されているのです。精神疾患の症状が重い場合、一時的に入院でき平均7日程度で退院できるそうです。ちなみに日本の精神科の平均入院日数は274日ともいわれています。

ベットの数 日本とイタリア

現在のイタリアの精神科のベッド数は、総合病院の精神科と私立病院を合わせても1万床も無いのですが、日本の精神病棟のベッド数は約33万床と、世界中の精神病床の約20%を占めています。

なぜ、日本とイタリアの精神病棟のベッド数にかなりの差があるのでしょうか?

それは日本の医療政策に問題があります。1960年代の日本では欧米とは逆行し、精神疾患の患者の隔離政策が進められていました。日本の場合、精神科病床の約80%を民間病院が経営しており、諸外国と真逆に公立病院が圧倒的に少ないという現状があります。また精神科は職員の人数の特例基準が設けられており、一般病床より少人数で運営することが認められています。さらに、入院診療報酬単価が一般病床の約30%程度しかなく、そういった現実から、患者を長期入院させなければ経営が成り立たない実情があります。つまり「薄利多売」の状態にあるのです。そのため、看護師の職員数が一般病床に比べて、50%以下しかいなく、医師に関しては30%を切っています。

まとめ

イタリアでは、法律施行から単科精神科病院を廃止するのに20年以上掛かかっています。日本でも、精神疾患者の長期入院者を「入院治療中心から地域生活中心へ」をスローガンに「地域包括支援センター」のガイドラインが厚生労働省から発表されています。しかし、現在は試験段階のため、これからの動きに注目する必要があるでしょう。

*1脳以外の身体疾患の際に発現する精神障害を「症状性精神障害」と呼びます。 *2医学的には重篤でなく、在宅での療養が可能であるにもかかわらず、家庭の都合などで長期にわたり病院で生活をしている状態。患者の社会復帰を阻害し、一方で医療費を無駄に使っていると問題視されています。

【SYNODOSイタリアはいかにして社会を精神科病院から解放したのか】
https://synodos.jp/

【認定NPO法人大阪精神医療人権センター イタリアにて~日本でもできると感じた理由~上野秀樹│人権センターニュースバックナンバーより】
https://www.psy-jinken-osaka.org/

【厚生労働省 精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築支援情報ポータル】
http://www.mhlw-houkatsucare-ikou.jp/index.html

【ウィキペディア 「フランコ・バザリア」】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

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40代男性。30代半ばでうつ病を発症。40代になって発達障害の疑いありと診断される。就労支援機関で自分の特性について学び、最後の就活を終えコラムを書いています。趣味は鉱石収集。年2回大阪・京都で行わるミネラルショーや即売会に行って、気に入ったものをコレクションするのが楽しみですが、部屋で飾る場所が無くなっているのが最近の悩みです。

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