私の神経過敏~神経過敏と生きていくために

その他の障害・病気
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今回は「私の神経過敏」について書かせていただきます。もし、私の書く内容がご自分と一致するなどしてしんどくなった場合は読むのをやめてください。自分と向き合うことは、他人と向き合うことよりもしんどいことだと私は考えています。無理はせず、気が向いたら読むぐらいの気持ちで読んでいただけたらと思います。

私の神経過敏の特徴

神経過敏とは簡単に言えば、音や色、明るさなどに神経が過剰反応してしまい、精神的または身体的にしんどくなってしまうことです。私は小さな頃から神経過敏で、特に新しいこと(人間関係、場所や環境など)や音が溢れている環境(満員電車やショッピングモールなど)にはとても敏感です。「新しいこと」に関しては「石橋を叩いて渡る」ということわざがありますが、私の場合は「石橋を叩き割るほど叩いて渡る」タイプです。いざ新しいことを始めてみれば「なんともなかった」「大丈夫だった」ということの方が多いですが、それでも不安は無くならず、不安が増したり減ったりを常に繰り返しています。そのため常にストレスが溜まっている状態なので、ちょっとした不安でストレスが溢れてしまいます。そして「音が溢れている環境」についてですが私の場合、聞かなければならない音と聞かなくても良い音を頭の中で上手く区別できません。そのため友達との会話中でも周りの音まで聞いてしまい、頭がパンクしてしまいます。パンクしないように努力はしていますが、中には自分だけでは対処しきれないこともあり、そのようなときは周りに助けてもらっています。それら神経過敏についての私の出来事と対処法、現在について話していこうと思います。

神経過敏が悪化した日

私は高校生の頃から大好きなアイドルグループがいます。某数字グループほどの知名度はありませんが、デイリーランキングなどで上位に名前が載るぐらいの実力あるグループです。その中に推し(グループ内で1番好きな人)「K」がいたのですが、その人がグループを卒業することになりました。冬にある観覧無料イベントがKに会える最後の日で、その日のイベント会場には、たくさんの人がいました。天気は晴れで昼間は暖かかったのですが日が暮れていくにつれて、どんどん寒くなっていきました。イベントにはCDを買った人の特典として握手券が貰えます。握手券1枚につき、好きなメンバーの1人と1回握手ができるというルールで、握手中はそのメンバーと好きなことを話せます。握手をするためには列に並んで順番を待たなければならないのですが、列はたくさんの人が並んでおり、周りはもちろん知らない人だらけでした。私の頭の中はどんどん「知らない人に囲まれている…たくさんの音が押し寄せてくる…怖い…消えたい…しんどい…」という言葉で溢れ、その場にいることに耐え切れなくなり、握手をする前に逃げるようにそこから逃げました。今までそんなことになったことがなかった私はパニックから過呼吸になり、周りの方々(一緒に来ていた家族やファン友達)に支えられ、その場を離れました。周りの助けもあり、Kと握手もできましたが、話す元気なんてなかったので、ほとんどKの言うことに頷いただけでした。

Kがグループを卒業後もイベントやライブに行っていましたが、終わる頃には1人で歩けなくなったり、酷い時は話せない、過呼吸になどの症状が出るようになりました。周りの話し声、ライブでの大きな音、これらが私に大きな負荷をかけます。「どうして周りの人は平気なのに私だけ平気じゃないんだろう…」「どうして私はダメなんだろう…」そんな考えばかりが頭の中を埋め尽くしました。そして何より「こんな私でごめんなさい」という思いが強かったです。大好きな人たちに会える「大好きな場所」が私にとって「怖い場所、不安な場所」の1つになってしまいました。

神経過敏と生きていくために

私は推しKが卒業後、「S」という新しい推しと出会いました。それから「どうしてもSに会いたい。話したい」という思いが強くなりました。しかし「また過去のようなことが起きるのでは…」という不安は消えずに色濃く頭に残っていました。それでも「Sやファン友達に会いたい」という思いの方が強かったです。そのためには過去に起きたことを繰り返さないようにどうしたら良いのか、たくさん考え、試行錯誤するようになりました。

まずは音に対して。ライブの音のボリュームを小さくしてもらうわけにはいかないので、密閉型イヤホンや耳栓を付けるようにしました。イヤホン、耳栓をしていてもライブの音は十分聞こえたので、それからはライブ以外の場面(満員電車など)でも活用するようになりました。音楽を流していなくても密閉型イヤホンを付けているだけで不思議と安心できます。

そして通院している病院にも相談し、お守りという形で頓服薬として「アルプラゾラム」を出していただきました。私は薬にも過敏なので0.01ミリ単位での薬の調整は終わりが見えない作業でしたが、数ヶ月かけてなんとか自分に合う分量の薬と出会いました。イベントやライブ前または後に服用することで崖から落ちる勢いで落ちたり、反対に上がったりしていた私のテンションがだいぶ安定し、心の負担が軽くなりました。そして、観覧無料イベントに行くときは母がいるので特に他の方からの援助は必要ないのですが、ライブは基本的に立ち見の上、有料なので母はついてきません。そのようなときは事前にライブのスタッフに相談し、椅子を用意していただいています。その後は、椅子に座ってライブに参加するようになり、ライブ終わりに1人でゆっくりですが歩くことも、普通に会話することもできるようになりました。

Sやメンバー、ファン友達とライブの感想を言い合えるのが本当に幸せで、それが少しずつ「大丈夫。怖くない」という自信に変わってきています。そして1番、ありがたいのは私の神経過敏を理解してくれている方が多いことです。そのグループのファンの中には障がい者の方や車椅子の方もいて、精神疾患などを受け入れてくれる人が(他のグループファンがどうなのか知らないので断言はできませんが)わりと多いと私は感じています。ファン友達には前もって症状について話しています。そのためライブ終わりに「体調どう?」と声をかけてくださる方もいます。そのちょっとした優しさがとても嬉しくて、ありがたいといつも思っています。その方々がいてくれることでイベントやライブに行けるようになりました。「怖い場所」から「好きな場所」へと少しずつ変わっていくのを今も感じています。

まだ完全ではありませんがイベントやライブに行くことへの不安は消えてきました。その不安よりもSやメンバーに会えること、ファン友達に会えることへの嬉しさ、喜びの方が大きいです。それもこれも私を支えてくれる人がいるからなのだと思います。その方々には心から感謝しても足りないぐらいです。

まとめ

ここに来るまでの道のりは今考えれば短いですが、当時は果てしなく長く感じました。どれだけ気をつけていても、その日その日で体調は変わりますし、気候も環境も違います。「不安が無い!」と言えば大嘘になりますが、何も対策ができていなかったときのことを思えば不安は減りました。

神経過敏は見た目ではわかりませんし「本人が話さなかったので周りも気付かなかった」なんてよくあることです。それだけ気付かれにくいものです。ですが、打ち明けるのも、かなり勇気が必要なことです。打ち明けることで相手がどう思うか、たくさん考えてしまう人も少なくないと思います。

イヤーマフやヘルプマークの存在は少しずつ知られてきていますが完全ではありませんし、偏見を持っている人も中にはいて、神経過敏の症状をワガママだとか仮病だとか言う人も残念ながら少なからずいます。人の考え方やものの受け取り方は人それぞれなので、しかたないことだと思います。私自身も過去に友達や家族でさえも私のことを理解してくれていないと思うことがありました。でも人には事実を受け止めるまでに時間がかかります。きっとこれを読んでくださっている人の中には自分自身の病気や特徴を受け入れるまでに時間がかかった人、まだ受け入れられていない人もいると思います。事実を突きつけられて今すぐにどうにかなったり、受け入れられることの方が珍しいのです。理解してもらえるまでの間、しんどいと思います。苦しいと思います。ですが好きで神経過敏になったわけじゃないはずです。

神経過敏であっても、そうでなくても、どうか無理をしすぎないでください。頑張りすぎないでください。これを読んでくださった方の心が少しでも軽くなりますよう、心から願っています。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

こばまお(´・ω・`)

こばまお(´・ω・`)

見た目は中学生、精神年齢は20代後半、実年齢は今年22。趣味はアイドルヲタク、アニメ鑑賞、小説を書くこと、本を読むことなど書き切れないほど多趣味です。よろしくお願いします。

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