喉頭癌になって

暮らし

私は、シャ乱Qのつんく♂さんと同じ喉頭がんを経験しました。 つんく♂さんと同じ喉頭がんだと書かせてもらったのは、シャ乱Qつんく♂さんのファン歴30年で私は、2014年5月に宣告されました。つんく♂さんの数か月後違い(ファンで、同じ病名で、同じ時期)でした。

症状としては、特に目立ったものはありませんでした。強いて言えば、声が少しかすれてきたかな、程度のものでした。かすれた声の人は多くいますし、重く考えることはありませんでした。声がかすれて30年近く「少し息苦しいかな?」くらいは私は喘息なので、息苦しさも薬を使えば楽になるので。

しかし次第に息苦しさがひどくなり、なぜか味覚もおかしくなり始めました。「喘息のせいだろう」「年齢のせいか」と思っていたのですが、夜中に突然息ができなくなり、眠れないほど苦しい状態が増えてきました。病院に行くと、呼吸器内科で点滴を受けると一時的に楽になるものの、すぐにまた歩くこともできないほど苦しくなりました。

その後検査をしても原因がわからず、喘息の治療を続けていました。そんなある日、友人が「それはちょっとおかしいよ。一度耳鼻咽喉科を受診してみたら?」とアドバイスをくれました。ベルランド病院の耳鼻咽喉科で診てもらうと、気道が5ミリも開いてないことがわかり、緊急手術で気道確保をしてもらいました。その際細胞を採取して検査してもらいました。

手術で首に呼吸の為のプラスチック器具をつけられたために、声を出すことはできず、内緒話程度の声で検査結果を待つ日々が続きました。結果は、喉頭癌のステージ3。選択肢として、声帯全摘出手術か、声帯を残して放射線治療というものでした。しかし、放射線治療では完治率が50%以下で、全摘出なら95%の確率で完治するとのこと。私は声帯全摘出手術を選び、手術を受けることに決めました。

手術当日、約5時間の手術が終わり麻酔が覚めて意識が戻ると、首に不思議な形の穴の空いたプラスチック器具が取付られていて、そこから呼吸したりタンが絡んだ時には吸引してもらいました。この器具がまた、非常にむせることがありました。

声帯を全摘出した私は、もう全く声を出すことができません。それから2週間は飲食もできず、点滴生活が続きました。やっと食べたり飲んだりできるようになると思ったら、喉をとおりにくくなってました。最初は「今だけの事だろう」と思っていたのですが、10年経った今も噛み切れない物や、ゴクゴクと沢山飲み込む事はできません。麺類をすすることもできなくなりました。もちろん話す事も歌う事もできません。

でも、今は便利な時代でパソコンや携帯アプリを使って人とコミュニケーションを取ることができるようになりました。でも、私の大好きな歌を歌うこともできませんが。

つんく♂さんの大きな決断を思えば、ただ歌が好きなおばさんが歌えなくなったくらい、なんのそのですよね。だからこそ、つんくさんはとても大きな支えとなり今の私があります。声を無くし沢山の事を学びました。時にはもどかしい思いをさせてしまうこともありますが、そんな私に優しく接してくれる知人や友人たちの温かさを実感しています。今では少し体重も戻り、元気を取り戻しました。

もし、風邪でもないのに声がかすれたり、体調がすぐれないと感じた時は、早めに耳鼻咽喉科を受診することをお勧めします。これは、私からのアドバイスです。

エリリン

エリリン

元美容師です
今は、声をなくしたので、新たな自分を見つけるのに頑張っている、おばさんです。
一生懸命、前に進むのに歳は関係ないので、頑張ります。

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